会長からのメッセージ

 

「海を生かし、海に生きる」

世界かき学会会長 
森 勝義
 

世界かき学会会長 森勝義 私が講演等の際に好んで使う言葉の一つに「海を生かし、海に生きる」がある。「海を生かす」には二通りの意味が込められており、一つは海を殺さぬこと、つまり海洋環境を破壊しないように守ることである。もう一つは、海を正しく活用することである。両方を合わせて言うと、海の環境をできるだけ良い状態に保ちながら、海洋の生物生産の余剰分をいただき、かつ幾らかでも生産を人為的に高める手段を講じることによって得ることができた海からの贈り物をありがたく頂戴することが「海を生かす」ことである。その結果、人類が生存できるわけであるから、「海に生きる」ということになる。「海を生かす」ことに人生の意義を感じることも「海に生きる」ことであろう。多くの食料を海に依存している人類にとって、今後もこの地球で生存し続けるためには、その表面積の約 75 %を占める海洋を積極的かつ主体的に活用することを余儀なくされている。しかし、海は無限に開発を許すほど寛大ではないし、人類が生き残るためには自然と調和しなければならない以上、「海を生かし、海に生きる」は、正しくは「人は海に生かされている」と言い換えるべきである。その意味で海を利用させていただいているという謙虚な気持を若者に植え付けるような教育が必要であり、その場合に大切なことは、我々が若かりし頃に植え付けられた開発至上主義、成長促進一本槍の精神からまだ脱却できないままで教育してはならないということである。

 およそ 1 万年前に、人類は農耕・牧畜という新しい生活様式を選択したために、以後は人口増加の一途をたどり、特に産業革命を契機として地球型生命の枠をはみ出してしまったと考えられる。そのように考える理由の一つは、自然の生態系がその中で完結してしまう物質循環システムをもっているのに対し、人間の経済活動はそのようなシステムをもたない“たれ流し”の技術に依存したものであるということである。現在、世界的な問題になっている海洋汚染をはじめ、オゾン層破壊、温暖化、酸性雨などの諸現象はいずれも、そのような技術が後始末をすべて自然界に押しつけてきた結果として人工的に引き起こされたものである。そして、これらの地球的規模で発生する異常現象から、我々は誰一人として逃れられないのである。地球をとりまく大気や海水は互いにつながっていることを考えれば、聖域として残される場所は地球上のどこにもないと言ってよい。

 人類は環境から最も自由であり、これを征服しようと思えばいつでもどこでも可能であると誇ってきた。しかしながら、その人類といえども、あまり環境の変化が急激すぎると、適応能力がこれに応じることができず、滅びるしかない。そして、明確に言えることは、健康な地球とは、人類を含めて生物の進化や適応を依然として保障するような環境をもっている地球、いや正しくは海洋球を指すということである。なぜ海洋球と呼ぶかと言えば、その表面積の約 75 %を海洋で覆われた惑星はこの地球をおいてほかにないからであるが、このことは「海を生かし、海に生きる」ことを真に実践することこそがこの惑星を健康に保つ道であることを教えているように筆者には思えるのである。

 我々人類は海に誕生した原始的生命体が進化して今の姿になった生物の一種であるという厳然たる事実を踏まえるならば、我々がこの地球でどのように生きていくべきかという問題を解く糸口は海の中に見いだすことができると考えてよかろう。いずれにしても、人間は海をはじめとする自然界とのつながりの中で生かされている生物である以上、海などについてもっともっと深く知ることが必要であり、これが「海を生かし、海に生きる」ための最も重要な条件である。そして、結論的に言うならば、本稿の主題となっている「地球環境調和型の水産増養殖システム」の構築とその実践こそが「海を生かし、海に生きる」ことそのものにほかならないのである。

 以上においては、「地球環境調和型の水産増養殖システム」の構築に際して考慮すべき問題点と乗り越えなければならない課題について、各々の背景とともに述べてきた。その中で、水産学者の一人として過ごした約 40 年に及ぶ筆者の研究や体験を踏まえた提言を敢えてさせて頂いた。これらの提言に対して、種々の御批判が読者から寄せられ、それによって筆者の自己啓発が進めば、これに勝る幸せはない。

 

 

フランス発のマガキ特異的カキヘルペスウイルス
新変種 (OsHV-1 μVar) の世界的な感染拡大

 
 従来,海産二枚貝にカキヘルペスウイルスが感染しているという報告は世界各地でなされており、必ずしもフランスのマガキ Crassostrea gigas に限ったことではない。アメリカガキ C. virginica、 ヨーロッパヒラガキ Ostrea edulis、 アンガシガキ O. angas のようなカキ類のみならず、アサリRuditapes philippinarum でも既に報告がある。カキ斃死との関係で本ウイルスが話題になり始めたのは1991年頃からで、そのきっかけは、特にフランス産マガキの幼生と生後3ヶ月から1年までの若い個体に異常斃死が毎年夏に発生し、その原因の1つとしてカキヘルペスウイルスの関与が疑われるようになったことである。本ウイルスはその後カキヘルペスウイルス-1 (OsHV-1) と命名されたが、2008年まではこれがマガキ大量斃死の主因であるという確たる認識はなかったと言ってよい。

 ところが、2008年夏にフランスで、生後12から18ヶ月の若い養殖マガキに40から100%に及ぶ斃死率がほぼ全国的に観察された。フランスの主要な研究機関である Ifremer によれば、これらのカキは富栄養条件下で過度に生殖巣を発達させたために体エネルギー消耗が激しくなり、したがって生体防御能力が低下し、結果的に OsHV-1への抵抗性が弱まり斃死したということであった。しかし、養殖マガキの大量斃死が全国的に拡大する中で、アルカッションだけは例外的に斃死を免れたが、その理由は明らかになっていない。

 フランスのカキ産業界を震撼させたこの2008年における "Summer mortality" について Ifremer が精力的に調査研究し、OsHV-1の新変種が深く関わっていることを突き止めた。マガキに特異的な強い病原性を示すこの新変種は OsHV-1 μVar と命名された。当初はフランス国内に限定的に検出されていたが、その伝播は2009年にはアイルランド、2010年には英国に及んだ。いずれも養殖マガキの種苗はフランスから輸入されたものであった。フランスでは2009年にもこの新変種の関与が疑われる大量斃死が発生し、ついに2010年には同国のマガキ養殖は壊滅的打撃を受けるに至った。

 Ifremer の調査研究結果が生かされていれば、少なくとも英国への伝染拡大は避けられたかもしれないが、残念なことに現実にはそうならなかった。なぜなら、英国による種ガキ輸入規制の試みは、2国間の合法的な商取引への不当な干渉だというフランス側の強い抗議で実行されなかったからと言われている。儲けさえすればよいというエゴがまかり通ったのである。また、パリに本部がある国際獣疫事務局 (the World Organisation for Animal Health, OIE) によって指定された貝類の重要疾病のリストに OsHV-1 μVar の名称が入っていれば、今回のようなウイルスに汚染した種カキの国際貿易は事前に中止されたであろう。

 さらに深刻なことは、この新変種のマガキへの感染がヨーロッパを越えて南半球にまで拡大してしまったことである。2010年11〜12月(初夏)にニュージーランド北島で、2011年1月(真夏)にはオーストラリア南東部で斃死マガキから OsHV-1 μVar が検出された。両国とも被害海域は現在のところ限定的であるが、その斃死率は非常に高く、またその被害が幼若マガキに限らず、マーケットサイズのマガキにも及んでいることが注目される。オーストラリアで養殖されるマガキの種苗や成貝は広くアジアへ移植されているし、日本各地のオイスターバー等でも生鮮状態のオーストラリア産マガキが多く出回っている。これらの事実は何を示唆しているであろうか? それは日本への感染拡大の恐れである。

 ここで問題になっているマガキは、かつて宮城県から大量に輸出された種ガキの子孫である。したがって、現在日本で養殖されているマガキが、移植先のフランスで新たに出現した OsHV-1 μVarに対してどのような感受性を示すか等カキ研究者にとっては新規の研究課題が提起されている。しかし、日本のカキ産業を守るために緊急に対応すべきことは、この新変種を日本国内に持ち込ませない効果的な方策を講ずることである。関係機関の早急の対応を期待する。

(2011年2月)

 

 

食用生物が発信する「地球からの警告」に基づく
国際的な環境保全活動(提言)

他の天体と比べ、地球の最大の特徴は、再生産可能な生命を誕生させ、育み、進化させ、さらに多様化させることができる環境条件を備えていることである。かつて地球上に生息した生物種の数は約5億と推定されるから、約1,500万とみなされる現存種の数は、これまで地球上に出現した種の総数の3%程度にすぎないことになる。このことは、ほとんどの種は絶滅してしまい、現存種は長い進化の歴史の中で生き残ることができた数少ない勝利者であることを意味する。従って、現在、我々が地球上で出会う生物達は貴重な地球財産であり、大切に保護すべき対象である。一方、我々人類が生存し続けるためには、進化上の起源を一にした、これらの生物達を食料として利用せざるを得ないことも自然の摂理である。

 地球が健全であれば、あらゆる現存生物の基本的性質である生殖・進化・適応等を依然として保障するはずであった。ところが、わずか数百万年前に出現したばかりの人類が、特に産業革命以降に地球型生命の枠を超えてしまい、地球規模で食用生物を含む自然をみさかいもなく収奪し、破壊してきた。このような状況がなお続けば、やがて地球規模で生態系は不安定となり、生物の基本的性質は保障されず、人類は自ら自分の首を絞める結果となる。それを阻止するためには、人類が日常的に接触し、深く観察できる食用生物を通して「地球からの警告」を読み取り、適切に対応する知恵を身につけるべきである。

 食用生物を選定するには、生物進化の傾向を考慮することが大切である。この傾向は向上と分岐に大別されるが、特に向上にかかわる一般的傾向の一つに「自由化」がある。これは、進化につれて生物は環境の影響に左右される度合を減少させ、逆に環境を制御する力を増加させるようになるというものである。すなわち、進化のレベルの高い生物は、それだけ環境の変化に左右される度合が小さいので、環境の悪化を我々人類に知らせる機会が少ない。換言すれば、系統発生的に近い関係にある生物のみを食料として利用していると、人類は地球環境の悪化に気付かないことが多い。つまり、進化のレベルが低い生物の方が環境変化に敏感であり、「地球からの警告」を人類に伝えやすいので、食用生物として適していると言える。しかし、伝統的な食文化に根差した嗜好性という壁があるから、生物経済を取り入れた新しい食文化の構築について啓蒙することも必要である。

  地球環境の小さな異変にも敏感に反応する生物を食用種の中から選び出して国際指標生物とし、それらが示す反応を先端的な生物科学的手法を駆使して定期的に観測し続けることが人類にとって緊要な課題となる。国際指標生物の候補になり得る条件として、系統発生的に人類とできるだけ遠い関係にあることに加え、世界各地で古くから人類の重要な蛋白源として利用されてきたこと、そして現在もコスモポリタン的な産業種になっていることなどが当然考慮されるべきである。このような諸条件に適合する生物の1つにマガキCrassostrea gigas がある。また、国際指標生物の生物特性を何らかの指標によって表すことが必要であるが、その指標として最もふさわしいものの1つは、環境適応能力を適確に示し得る生体防御機能である。 

  上記の定期観測は、国際的に権威のあるプロジェクトを立ち上げて実施することが効果的である。そして、その検討の結果に基づき、各国が協調して地球を救うための戦略を練り、それを着実に実行するという国際的な環境保全活動を提案したい。

(2010年2月)

 

 

 「世界かき学会」設立について

 カキは「海のミルク」といわれるように栄養価が高く、人類にとって最も伝統的なシーフードであり、それゆえにこそ、水産増養殖の思想ならびに海洋環境保全の思想を生み出す源となった、極めて重要な海産生物であります。国際貿易対象水産物としても、ますますその重要性を増してきております。そのカキに関する初めての国際シンポジウムが、我が財団法人かき研究所の主催により、ついに2005年7月13〜14日、東京で開催されました。国際かきシンポジウムの開催は、世界の水産関係者にとって長年の懸案でありましたから、これはまさに歴史的に記念すべきイベントであったと申しても過言ではありません。このシンポジウムは盛会のうちに幕を閉じ、またその後の内外からの反応もすこぶる良好で、主催者として大いに満足しております。このシンポジウムの総括討議で決定された重要事項の1つに、世界かき学会 (The World Oyster Society 、以下 WOS と略称する ) の設立があります。 WOS は、世界各地で今後開催される国際シンポジウムの主催団体としての役割を担っており、開催地の実行委員会の上部機関として位置づけられます。

 WOS の運営委員会 ( Steering Committee ) にはカナダ、フランス、オーストラリア、中国および日本から合計12名の方々が委員として就任されました。 President (会長)は私が務めることも決まりました。私はもとより微力ではありますが、国際かきシンポジウムが世界的にしっかり定着するよう努力したいと存じますので、皆様からの特段のご支援をよろしくお願い申し上げます。

 WOS の設立趣旨、努力目標、年会費、運営委員会およびプロシーディングについては後述の通りです。設立の目的に賛同される方であれば、どなたでも会員になって頂けるよう、事務局が財団法人かき研究所内にある間は年会費は無料とします。その代わり、運営経費の節約のために事務局から会員への連絡や運営委員会の開催は原則として E −メールを利用して行うつもりです。また、 WOS 専用のこのホームページも有効に活用する所存です。もちろん、各国のローテーションにより開催される国際かきシンポジウムの際には、会員相互が直接顔合わせの上、十分な情報交換と親睦が図れるような場をできるだけ多く設けたいと思います。運営会議もこの時には円卓会議となるでしょう。

 日本はもとより、アジアや欧米、さらには南半球にも広く分布し、かつ好んで食べられている最も国際性豊かな水産物の1つであるカキに興味のある世界の人々が1人でも多く会員になって頂くことを念願してご挨拶と致します。


(2006年2月)



 






 
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